デザイナーのバーンアウト②『ウォールデン 森の生活(Walden)』と考えるクリエイティブの原点
- Aya
- 5月29日
- 読了時間: 11分
更新日:5月31日

※この記事は「デザイナーのバーンアウト①燃え尽き症候群を“治す”のではなく“共に過ごす”方法」の続きです。
『ウォールデン 森の生活』で古典的ミニマリストの生活を覗く
デザイナーをしていて燃え尽き症候群を感じていた時、改めて自分と向き合い原点を振り返ってみようと思い、ヒントになりそうな本を探していたところ、ソローの「ウォールデン森の生活」に目が留まりました。
だいぶ長めの本だったので、最初は親しみやすいそうな漫画版「ソロー『森の生活』を漫画で読む」を購入。
こちらはソロー素朴な生活情景にぴったりなゆるいイラストと、原本から抜粋した一部のみを取り上げた内容だったので、あっという間に読み終えました。
普段からあまり本を読まない方や、まずは軽めに触れたいという方はこちらがおすすめです。
漫画版を得てもっとじっくり読みたい!と思ったので、文庫版で読みやすそうな小学館文庫のウォールデン 森の生活 (翻訳: 今泉 吉晴)上下巻も購入。
初版は1854年に刊行されたようです。170年以上経った今でも心に響く言葉が沢山ありました。
日本ではその頃、ペリーが来航した頃の『江戸末期』というのが信じられません…。それほどソローのちょっと変わった人柄や皮肉めいた言い方が面白く、読んでいてフフッと笑ってしまうページもありました。
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー『ウォールデン 森の生活(Walden)』の概要
アメリカのヘンリー・デイヴィッド・ソロー(以下ソロー)は、ハーバード大学を卒業後に教師になったのですが、当時は当たり前だった生徒への体罰に反発し、1ヶ月も立たずに退職。
生涯定職には就かずに転々と過ごす中、アメリカのマサチューセッツ州・ウォールデン湖近くに自分で小屋を作り、そこで自給自足の生活を始めました。現代でいうミニマリストな暮らしを始めたわけです。
ちなみにソローが当時暮らしていたこの小屋は、今では跡地として残っています。
自給自足とは言っても完全に社会から孤立しているわけではなく、ソロー自身も生まれながらの人嫌いではなかったので、「ウォールデン 森の生活」の中ではソローの家を訪れた人との交流や、少し離れた町で暮らす人々を観察した記録など、社会と自然のほどよい距離感が記載されていました。
移住先ニュージーランドで考える、人の暮らしと自然との距離感
「ウォールデン 森の生活」を読み進めていく中で、この『程よい距離感の自然と暮らす』環境が今の私に似ていると親近感を覚えました。
というのも、私は日本出身で、20代前半までを東京を中心とした都会で過ごしてきました。
しかし5年ほど前にニュージーランドに移住して以来、日本と同じくらいの国土なのに圧倒的に人口が少ないニュージーランドで暮らしはじめ、日本(特に東京)と比べると不便でやや孤立している生活に身を置いたからです。

孤立しているといっても、辺境に住んでいるわけではなく、ソローのような自給自足の生活でもありませんが、車がないと生活が不便な場所です。
コンビニやAmazonもありません。カフェは早朝7時からオープンしますが、ほとんどは14時くらいに閉まってしまいます。
ちょっと小腹が空いたら一人でふらっと入れるようなファミレスやカフェ、ほぼ一日中空いているお店がごまんとある東京とは比べものにならないほど静かで平和です。
生活で不便を感じることはありますが、住めば都という言葉もあるように、今ではこの静かで穏やかな暮らしが続くニュージーランドに慣れ、むしろ東京のような人口密度が高い場所にストレスを感じるようになりました。
ニュージーランドでのシンプルな暮らしで気が付いたこと
そんなニュージーランドで私が一番好きなものは『空』です。
夜は、頭上に広がる星空にいつも目を奪われます。日本で生活していた時は、高い建物がひしめき合って見える空も小さく、星なんて辛うじて見えるくらいでした。
ニュージーランドは(オークランドやウェリントンなどの中心部を除き)高い建物もないので、晴れた日は本当に真っ青でどこまでも広がる青い空が気持ち良いです。
夕暮れ時のゴールデンアワーは特に美しく、ピンクや薄い紫のグラデーションが幻想的。

ちょっと車を走らせれば10分も経たずに広大な牧場と羊、牛、馬がそこら中でのんびりしている景色を味わえます。ニュージーランドならではのこの人と自然とのバランスは非常に心地良く、ちょっとした日常の景色でさえも絵になるな、と感じることが多いです。
毎日当たり前のように広がるその景色は、刻一刻と姿を変え続ける自然の姿でもあります。ニュージーランドに移住してから、小さなこと、身近なことに素直に感動し、心が動かされることが増えました。
本当の豊かさってなんだろう。フリーランスのデザイナーが考えるお金と時間の価値
ソロー「森の生活」、購入した漫画版だと139ページにこんな言葉がありました。
Give me the poverty that enjoys true wealth. 「私は、本当の豊かさを楽しめる貧しさがほしい」 - Henry David Thoreau, Walden; or, Life in the Woods
この言葉が出てきた背景をかみ砕いて説明すると、ソローは「フリント湖」という湖に自分の名前をつけたフリントという男性について辛辣に語っています。
このフリントという男性は、金勘定や自分の儲け・名声にしか興味がなく、金を稼ぐことが何よりの価値だと信じているような人だったそうです。
ろくに湖に入ったこともなく、美しい湖がもたらす恩恵や自然に感謝したこともないような人が、自分の名前をその湖に命名したことを、ソローは「私はそんな名前を認めない」とさえ言っています(ソロー『森の生活』を漫画で読む 日本語訳での解釈)。これには思わず笑ってしまいました(笑)。
さらに、ソローはこうも言っています。
フリントの農場では金しか育たない。畑に穀物が育つこともなければ、牧草地に花が咲くこともなければ、木に果物が実ることもない。 そこに育ち、咲き、実るのはドルだけなのだ。
だからこそ、「私は、本当の豊かさを楽しめる貧しさがほしい」とソローは言ったのです。
このフリントという人はずいぶん傲慢で金のことばかり考えた人だな、と思うと同時に、自分もこのフリントに似たような考えを持っていたのではないか?という考えがふと過りました。
フリーランスデザイナーのキャリアと“稼ぐこと”の価値の変化
フリーランス2-3年目頃、社会人時代を超える収入を安定して得るようになった時は、仕事も楽しくて、何より「働けるうちに働こう!」と思い、来る仕事はほとんど断らずがむしゃらに働いてきた時期でもありました。

フリーランスとして指名していただき、仕事を得るという実績はもちろん、どれだけ自分が今月稼げたのか?という「数字」に一喜一憂していました。もちろん経験として純粋に楽しい仕事も多くありましたし、良い出会いも沢山ありました。
しかし最近では、金額面での価値よりも「報酬金額の前に、その仕事内容に自分が価値を感じるかどうか」という側面を重視するように考え方が変わってきました。
基本はご相談いただいたお仕事はできる限り対応したいのですが、時間は有限です。
また、言い方は悪いかもしれませんが、仕事を選べないのならサラリーマンや雇われの身と同じ。フリーランスという働き方を選んだ以上、「どの仕事をするか」も全て自分で判断しマネジメントしなければいけません。
優先順位を自分の中で明確にしなければ、スキルアップの時間が十分にとれずスキルが停滞気味になったり、燃え尽き症候群(バーンアウト)に陥りやすくなると気が付きました。
生きていくために必要なライスワークと、自分の経験値として蓄えたいライフワークのバランスを考えることが、フリーランスが心身共に健康に過ごせる秘訣なのではないかと思います。
自分の“好き”に立ち戻る再出発が、道を拓く
さらに読み進めていくと、この一文が目に留まりました。
われわれは驚くほど容易く、知らないうちに、ひとつのルートを歩くようになり、何度も行き来するうちに道にしてしまう。 ソロー「森の生活」を漫画で読むより P147 (金原瑞人・訳)
私はこの文を読んで、自分のコンフォートゾーン(心地よいと感じる空間)と重ねて考えました。
最初は何事も初めての経験であれど、人は繰り返すうちに慣れてきます。
舗装されていない道を何度も歩くうちに、歩きやすくなってくるように。
そうして得た自分のコンフォートゾーンに知らぬうちに安心しきってしまい、抜け出したくなくなるのは至極当たり前のことです。新しい一歩を踏み出すことが億劫にも感じます。
別の見方で捉えると、そうしてできた道は先人たちが切り開いてきた道ということもあり得ます。それは私たちの目印であり、過去から多くのことを学びます。
戦争など繰り返すべきではない道を認識し、その道に行かないためにはどうしたらよいか考えることもできます。
道なき道を切り拓くからこそ、個性になる
これをデザイナーという視点で考えてみると、スランプや燃え尽き症候群に陥ったとき「自分がたどってきた道」を振り返ったり、時には道なき道を歩いてみることの繰り返しこそ成長に繋がるのではないでしょうか。道がないところにこそ、道ができるのです。
誰か他の人がたどってきた道を、自分の敷かれたレールだと言わんばかりになぞるだけでは、そもそも何かを生み出すクリエイターにはなれません。それはただの模倣だからです。
自分が歩いてきた道が他人と混じることも時にはあり得ますが、デザイナーやクリエイターはほとんどの場合、自分だけの道を常に切り拓き続ける人こそ個性が際立ち、その人の世界感を形作っていくのだと思います。
時には、歩き疲れて立ち止まることもあります。これがスランプと感じたり、燃え尽き症候群の状況なのかもしれません。
私たちはAIではなく生身の人間なので、歩き続けていればどこかで疲れるのは当たり前です。休みが必要です。
がむしゃらに走ってきた人も多いのではないでしょうか。そんな時は、自分がどんな道を歩んできたか少し振り返ってみることを忘れてはいけないと思いました。
that if one advances confidently in the direction of his dreams, and endeavors to live the life which he has imagined, he will meet with a success unexpected in common hours. 夢の指し示す方向に自信をもって進み、自分の思い描いた生活をすれば、普段は思いもよらない成功を手にすることができる。 日本語訳:ソロー「森の生活」を漫画で読む より (金原瑞人・訳)
クリエイティブの原点は、自分の心の中にある
最後に『ソロー ウォールデン 森の生活』のConclusion(結論)部分から、最も心に響いた詩の一説とソローの一文です。
"Direct your eye sight inward, and you’ll find a thousand regions in your mind yet undiscovered. Travel them, and be Expert in home-cosmography." William Hahington, “To My Honored Friend Sir Ed. P. Knight,” 「視線を内側に向ければ、 心の中にまだ発見されていない千の領域が見つかるでしょう 。それらを旅し、故郷の宇宙観の専門家になりましょう。」 * "ウィリアム・ハヒントン「我が名誉ある友人、サー・エド・P・ナイトへ」。"の詩からソローが現代語訳した
Nay, be a Columbus to whole new continents and worlds within you, opening new channels, not of trade, but of thought. あなた自身の内なる新しい大陸や世界のコロンブスとなりなさい。貿易のためではなく、思考のための新しい水路を開くのです。 ヘンリーD・ソロー. ウォールデン 森の生活
私たちの心の中には、今まで辿ってきた道があります。過去と向き合い、自分自身を再認識していく中で、自分では気が付かなかった一面や未知の領域に出会います。
そうした自分の中の世界を探検していくことが、クリエイティブの原点であり、デザイナーやクリエイター、アーティストの創造力に繋がるのかなと思いました。

ここまでが『ソロー ウォールデン 森の生活』を読み終えた感想と、私が考えたデザイナーとしてのクリエイティブの原点です。
燃え尽き症候群を経験し、SNS疲れなどもあった最近でしたが、この本を読んで久しぶりにじっくりと自分の深堀り・振り返りができました。
また一休みしたい気持ちになったり、自分を見失いそうな時は、この本と過去の自分が記録したこの記事を読み返してみようと思います。
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